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| 【矢橋帰帆】 |
2010年02月25日(木) |
「水文化が活かされる高さ規制」の質問は「近江八景」をテーマに行ないます。「近江八景」に由来する場所は文字どおり8ヵ所であり、そのうち唯一、大津市内に存在しないのは「矢橋帰帆」。
肌で感じておきたいことがあり、市役所から車で30分、草津市を訪れました。

市役所前の歩道で「矢橋帰帆」を発見。
隣のタイルは青地城址です。

下の写真は草津川隧道(トンネル)。
この場所はかつて東海道と中山道との分岐点でした。

写真右の道標は草津市指定文化財となっています。
草津宿⇔大津宿を往来する人で賑わったであろう昔を想像しながらトンネルの中へ。

ここでも「矢橋帰帆」を発見!!

下の写真は「草津本陣」。
伺った時間が遅くて入館できませんでした。残念・・・。

近くにある「脇本陣」。
草津にゆかりのある物産が販売されていました。

下の写真は「くさつ夢本陣」。
観光案内所・無料休憩所機能を兼ね備えており、常駐されている観光ブランティアガイドさんから「矢橋帰帆」についてお話を伺うことができました。
コミュニティFM放送局が併設されており、「情報発信ステーション」としても位置づけられています。

無料休憩所の様子。
湯茶は無料で頂戴できます。
落ち着きのある空間であり、本陣の名に相応しい施設だと感じました。

そしていよいよ矢橋町へ。
常夜燈横の老木が何とも言えない風情を醸し出していました。

「矢橋港跡」の石積突堤は草津市において遺跡登録されています。

『中世には志那、山田両港とならぶ軍事的要港として重視されたことが「源平盛衰記」他の文献から推測される』と下の案内板には記されており、織田信長・徳川家康もこの港を利用したそうです。

残念ながら、今日の調査で上の浮世絵の作者がだれかはわかりませんでした。
もしかして?と思う文字は確認できたものの、草書体で書かれており、読めないんですよ・・・。
「彫庄治」という文字は確認できたのですが・・・。

「石山」「せた」という文字が確認できます。
橋は勢多(瀬田)の唐橋です。

同じく「比叡山」「三井」、そして「あわづ」。
膳所城が描かれています。

「比良高峰」「から崎」「かた田」の文字も。
近江八景は、「石山秋月」「勢多夕照」「粟津晴嵐」「三井晩鐘」「唐崎夜雨」「堅田落雁」「比良暮雪」
、そして「矢橋帰帆」。
この浮世絵には、全ての地が含まれており、現在に例えれば、「草津市側から眺望した大津市の大景観」と表現できると思います。
ビスタ景観にパンラマ景観、横文字を使うとこんな表現になるかと・・・。

さて、今現在の様子はというと、突堤に立っても対岸は見えません。
上の写真は公園から一段上がった道路面から撮影した写真。
手前の植栽は矢橋の人口島です。

草津歴史街道「矢橋道」の案内には歌川広重の「矢橋帰帆」が描かれていました。

上の写真は湖岸道路沿いに設置された「ふれあいの塔」。
近江八景「矢橋の帰帆」のことも記されていました。
本日、草津市内各地で「矢橋帰帆」を肌で感じることができました。
なぜ大津市議でありながら草津市の歴史・風土にこだわっているのか、質問で明らかにさせていただきますので、しばしお待ちを。
予定では、私の質問日は来週水曜日になりそうです。
谷 祐治
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