2006/05/25更新
「湖岸道路」は戦後の埋め立てにより出来た比較的歴史の浅い道ですが、ロマンあふれるスポットが幾つかあり、琵琶湖文化館前にある「左馬之介の湖水渡り」の石碑もそのひとつです。「本能寺の変」の後、安土城の留守を守っていた明智左馬之介光春が、主に当たる光秀の死を聞き、坂本へ急ぐため打出浜から坂本へ湖中を通ったことが伝説となっています。 現在、この道には電柱はほとんどなく、よって電線もありません。琵琶湖の景色もさることながら、このすばらしい上空を維持し続けてもらいたいです。